太陽の光はいろいろな色が混ざった光
太陽の光は白く見えますが、波長の違う光がたくさん混ざったものです。人が見ることのできる光は波長がおよそ380から750ナノメートルで、短い側が紫や青、長い側がオレンジや赤です。プリズムに太陽の光を通すと、これらの色が帯のように広がることで確かめられます。空の青さと夕焼けを理解するには、それぞれの光が空気の中を進むあいだに何が起きるかを見ればよいのです。結論から言えば、空気はすべての色を同じように通すのではなく、短い波長の光をより多く横へ散らしてしまいます。
同じ太陽の光なのに、昼は青く夕方は赤く見えます。空気が色ごとに光を散らす仕組みをまとめました。
太陽の光は白く見えますが、波長の違う光がたくさん混ざったものです。人が見ることのできる光は波長がおよそ380から750ナノメートルで、短い側が紫や青、長い側がオレンジや赤です。プリズムに太陽の光を通すと、これらの色が帯のように広がることで確かめられます。空の青さと夕焼けを理解するには、それぞれの光が空気の中を進むあいだに何が起きるかを見ればよいのです。結論から言えば、空気はすべての色を同じように通すのではなく、短い波長の光をより多く横へ散らしてしまいます。
空気をつくる窒素や酸素の分子は、光の波長よりずっと小さいものです。こうした小さな粒子に光が当たって四方へ散らばる現象をレイリー散乱と呼び、散らばる度合いは波長の四乗に反比例します。波長が半分になれば十六倍散らばるということです。波長450ナノメートルの青い光と700ナノメートルの赤い光を比べると、青い光が約6倍多く散らばります。そのため太陽が出ている昼間は、空のどの方向を見ても空気の分子が散らした青い光が目に入り、空全体が青く見えます。
波長だけで考えれば紫がいちばん多く散らばるので、空は紫になりそうです。そうならないのは、いくつかの理由が重なっているからです。まず、太陽の光そのものに含まれる紫の光は青より少なめです。次に、人の目は紫よりも青や緑にずっと敏感です。散らばった光は実際には紫から緑までの色が混ざったもので、それを目と脳がまとめて受け取った結果が、私たちの知る空色です。空色が純粋な青より淡く明るいのもこのためです。
太陽が地平線近くまで下がると、光は真上から来るときよりずっと厚い空気の層を斜めに通らなければなりません。地平線付近ではその長さが真昼の数十倍になります。長い道のりのあいだに青い光はほとんど横へ散らばって抜けてしまい、散らばりにくいオレンジや赤が主に残って目に届きます。太陽そのものが赤く見え、周りの空や雲の底が赤く染まるのはこのためです。同じ理由で朝焼けも赤く見え、低い位置の満月が黄色っぽく見えるのも同じ仕組みです。
雲をつくる水滴は空気の分子よりはるかに大きく、光の波長と同じくらいか、それより大きいものです。こうした大きな粒子は波長に関係なくどの色も同じように散らすため、混ざった光がそのまま白く見えます。雨雲が灰色や黒っぽく見えるのは色が変わったからではなく、雲が厚くて光の多くが上のほうで散らばったり吸収されたりし、下まであまり届かないからです。湿度が高い日や細かいちりが多い日に空が白っぽくかすむのも、大きな粒子がすべての色を均等に散らして青が薄まるためです。
同じ晴れの日でも、空の色は少しずつ違います。空気が乾いて澄んだ日、特に雨上がりには大きな粒子が洗い流されて濃い青が見えます。頭上の空がいちばん濃く、地平線に近づくほど淡くなるのは、地平線の方向では空気の層を長く見ることになり、何度も散らばった光が混ざるからです。山火事の煙や火山灰のように空気中の粒子が大きく増えると、夕焼けの色や明るさがふだんと変わることもあります。夕焼けがひときわ赤いからといって必ずしも空気が汚れているわけではなく、雲の高さや位置も色に大きく影響します。
空の色については、長く広まっているのに間違っている説明が少なくありません。海が空に映っているという説明は順序が逆です。海が青く見えるのは、空を反射する効果と、水そのものが赤い光を吸収する性質が合わさった結果です。海のない内陸でも空は同じように青く見えます。
透明なコップに水を入れて牛乳を数滴たらし、横から懐中電灯で照らすと仕組みを目で確かめられます。横から見ると水は青みがかり、反対側から懐中電灯のほうを見ると光はオレンジ色に見えます。牛乳の粒子が空気の分子の役をしているわけです。ただし夕焼けを見るとき、太陽を肉眼で長く見つめたり、双眼鏡や望遠鏡、カメラのファインダーで直接見たりすると、太陽が低くても目を傷めるおそれがあるのでやめましょう。まぶしさや残像が長く続くときは眼科を受診してください。
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